村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる。 (PHP新書)
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カスタマーレビュー
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2008-01-30
評価:
2007-08-09
評価:
2006-12-25
評価:
2006-12-10
評価:
2006-08-23
批評だろうか?
タイトルにひかれて読んでみたが、駄目だった。
こじつけとしか思えない強引な内容で辟易した。
この著者のことを「批評家」、この著書のことを「批評」としてもいいものだろうか? 学生の妄想のレベルである。
アマゾンに投稿している一般の読者のレビューの方が、ずっと当を得ている。
(4人中、3人の方が「このレビューは参考になった」と投票しています。)
評価:
村上春樹の精神の戦い
『風を歌を聴け』のデレク・ハートフィールドの正体を論じた、本書の前半部のは、結構度肝を抜かれると共に、深く納得しました。そもそも、昔のインタビューを読んでいても、春樹氏は何気に、日本文学をたくさん読んでるんですよね。まあ、やはり用意周到な作家ですね。
「三島は嫌い」とか言うのは、「好き」の裏返しであるのに違いないと、本書を読んで半ば言い切りたい気もします。
ところが後半部が、やや意味不明だったことと、無理なこじ付けに思えるような箇所も全体的に多少あったことと、折角画期的な論考なのだから、もう少し書き言葉をうまくしたほうがよかったんじゃないかな、ということとで、減点させてもらいます。それでも、その他の取るに足らない大多数の春樹本よりは、確実に確信を突いていると思います。
何だかんだいって日本文学史は深い根で存続している、ということにゾッとする因果を感じました。飄々としているように見せかけている春樹氏の精神の戦いを、まざまざと感じました。
というか、時には「こんなの日本文学じゃない」とまで言われたりする、アメリカナイズされた春樹氏の文学は、アメリカナイズした現代日本のありのままの姿として、変に時代錯誤している懐古趣味的な作品よりも、極めて「日本的」ではないかと思うのですが、いかがでしょうか。(5人中、4人の方が「このレビューは参考になった」と投票しています。)
評価:
面白いが、どこか中途半端
「日本の小説はほとんど読まなかった」と自ら口にし、
アメリカ文学の影響ばかりが取り沙汰される村上春樹の作品だが、
実は、漱石・太宰・三島ら、日本近代文学の「正典」を徹底的に読み込んだ上で
それらと格闘するようにして書かれたものに違いない、
とする著者の基本的な論点は妥当なものだと思う。
(著者は気づいているのかどうか知らないが、
『ノルウェイの森』が鴎外の短編「普請中」を
下敷きにして書かれていることはほぼ確実である。)
村上作品において繰り返し描かれる根本的な主題として、
「死者を全身で抱え込んでしまった人間は、易々と死ぬわけにはいかない」
というテーゼを取り出してくるあたりもなかなか秀逸なのだが、
全体を通して読むと、後半になればなるほど論証が甘くなり、
とくに最後の章で、三島の『奔馬』と『ダンス〜』を比較する段になると、
さほど似ているとは思えない人物配置・ストーリーの類似性ばかりが強調され、
それ以外には大して説得的な理由も挙げられないまま、
「はじめに結論ありき」で強引に押し通そうとしているような印象を受けた。
すでに述べたように、著者の基本的な論点は妥当なものと思うし、
卓見も随所に見られるのだが、他方、消化不足の強引な議論も散見され、
(例えば、pp.219-222で披露される一種の「座興」だが、
果たしてこれを本書に収録する必要が本当にあったのか)
全体としては生煮えのまま放り出されたという印象が否めない。
本文中で、「数日間考え込んでようやく結論にたどり着いた」
といった意味のことが何度か書かれていたように思うが、
しょせん数日間でたどり着ける結論など高が知れているのだから、
もっと時間をかけてゆっくりと熟成させるべき本だったと思う。(15人中、14人の方が「このレビューは参考になった」と投票しています。)
評価:
努力は買うのだが、タイトルが誇大広告気味
最初の章で夏目漱石から太宰治、三島由紀夫までの日本の文学の進化史を総ざらえ的におさらいしたあと、それらと村上春樹の文章がどのように関わっているかを説いている。最初の章の最後に載せた小林秀雄のことばが彼らと村上氏をつなぐ絶妙のハイフォンとして機能しており、その後の章での村上氏の各作品と太宰などの類似点を細かく対照して比較するなど、仕事は丁寧だ。デビュー期の村上氏の新聞インタビューなど、レアな情報にもきちんと目を通していて、個人の村上論としては悪くない。が、個人が勝手に言うレベルでしかない。
三島由紀夫は自分の文章について「堀口大學の訳詩のリズムを取り入れることに苦心した」と述べている。みな自分のスタイルの文体を確立するために、好きな文章を参考にしてまねることから始めるのは一緒なのではないだろうか。高橋源一郎も「文章教室」の中ですでに文章が向上する秘訣としてこの内容を解析し「村上さんは本当に上手」と言っている。昔から文章上達の過程で当然に延々と続いてきた事実を今更新発見のように言うような論調には疑問が残った。また、先に挙げた太宰との類似点でも、たとえ類似する一部分の文章はあれど全体の作風はえらく違う。文体の流用から新しい文学の世界が開けたことを、もう少し素直に評価できないものかなと言う気がするのだが。少なくとも太宰の乱文はカフカの影響は受けてないでしょう?
本来なら、「日本文学変遷史〜夏目漱石が村上春樹になるまで」くらいのタイトルが妥当な内容だと思う。だが、わざわざ刺激的なタイトルを付けて売ろうとしているのがよくない。まるで「普段海外小説にしか影響を受けていないと言ってはばからない村上氏が、実際は日本文学のおいしいところもしっかり取り入れていた!」とかいった中傷スクープ的なノリだもんなあ。丁寧な仕事っぷりを別の方向に使うべきだよ。(17人中、13人の方が「このレビューは参考になった」と投票しています。)
評価:
私、どっちもファンです
村上春樹ファンにとっては、気に入らない点もままあると思われるが、文芸批評の一つとして読めば腹も立つまい。村上氏自身も、批評は読まないと公言されているのであるから、作家に忠実な読者なら、この批評は無視して結構かとも思う。しかし、批評としてはよくできた一冊である。作品の構造においてテクストを解読する手法は、すでに目新しいものではないが、村上春樹と三島由紀夫が何故結びつくのか、興味のある方は一読に値するであろう。小生、両方の作家のファンとして、しばしば頷く箇所があった。しかし、もし村上氏がこの批評を目にした場合は、もちろん「ふーん、そんなものかなあ」といって肯定はすまい。テクストの読解とは、著者の意識しない部分を読み取る作業だからである。(11人中、7人の方が「このレビューは参考になった」と投票しています。)
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