心をえぐる小説
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商品一覧
▲ ヒマラヤの小国で永岡が体験した事は、人間の極限状況の連続だ。宗教を含むすべての文化を否定する、絵空事の様な革命思想、強制労働、強制結婚、女性への真の愛情、極度の飢餓、地雷による片足の爆失など、秘仏に対する妙な好奇心を出さなければ、体験する事が無かった事ばかりだ。信仰心を持たない永岡ですら、最後は無意識に祈った。そして、背中にかついだ仏像に宇宙を感じる。祈りとは?救いとは?慈悲とは?
▲ 本書を読み進むにつれ、自分自身の俗物性が恥かしくなる。結木家は俗世の象徴の様な存在だった。しかし、ネパール人妻淑子の奇行により結木家のそれらが崩壊する。そして淑子はネパールへ帰る。ネパールの山岳地帯の人々の生命力は殊の外強い。著者は日本的な物質文明を物差しにしてはならないと釘を刺す。「神の座」と呼ばれる山を仰ぐ地で生まれた淑子の一連の行動は不可解だ。ただし聖地など存在しなかった。
▲ 本作品は、著者の作品群の中で、第一級の出来だ。兄弟妹の絆の深さをに、微笑ましさを感じるが、それにしても、この悪行は、、、と思ってしまう。しかし、息をつく暇も無い、テンポの良い展開で、終盤を迎える。そして、終盤での、どんでん返しの連続には驚いた。眼が涙で霞んで、文字が見えなくなった。また、終始引き合いに出されるのが、相当に美味い、ハヤシライスだ。涙で霞んだ眼で、ハヤシライスを食べたくなった。
楽園への疾走 (海外文学セレクション)
- 著:J・G・バラード
- 翻訳:増田 まもる
東京創元社
発売日:2006-04-22
¥ 2,415
通常24時間以内に発送
◇中古品最安値:¥ 1,050
▲ 自然保護運動家の女医バーバラの、倒錯ぶりは強烈だ。核実験などからアホウドリを守ろうと、行動している様に見える。見えるだけだ。その本当の思想と行動の倒錯ぶりには、開いた口が塞がらない。簡単に言ってしまうと、ムチャクチャの一言に尽きる。勿論、それを読む読者は、緊張の連続だ。彼女の思考回路は、狂気で満たされている。狂気に支配された女医が引き起こす、倒錯した世界とは? 先を読むのが、怖ろしくなる。
送り火 (文春文庫 し 38-4)
- 著:重松 清
文藝春秋
発売日:2007-01-10
¥ 630
通常24時間以内に発送
◆新品最安値:¥ 630
◇中古品最安値:¥ 33
▲ 九篇の短編集。それぞれの作品で強く感じる事は、著者の感性の温かさだ。人生の悲哀に対して、突き放す事なく、包み込む様に迎え入れる。人の死に接する時も、意識的に感傷を誘っているという印象はない。内容は多分にファンタジックだ。それぞれの物語は、人の生の痕跡を、永遠のものと意識させる。表題作の「送り火」というタイトルが、作品全体を包括している。このタイトルにより、悲哀すら、幸福感に変化して送られる。
▲ 猛烈に寂しい。主要登場人物、佳乃、祐一、圭吾、光代らは悲しいくらいに、寂しさを抱え込んでいる。佳乃の言葉は、あまりにも残酷だ。この時の祐一の寂しさは、察するに余りある。光代の求めるものは、この上なく健気だ。出会い系サイトを遊び半分で利用した佳乃、そして、類い希な光代という対比は鋭い。一体、何が本当の悪なのかが分からなくなるが、寂しさ、こそ本質的な悪なのだとも感じた。
▲ 当初の舞台は昭和20年5月の厚木基地方面上空。本土に焼夷弾を撒き散らすB29を迎え撃つべく、死闘を展開する日本航空隊。凄まじい場面の連続で、手に汗握るばかりだが、間もなく舞台は平成19年の現代に移行する。物語は靖国神社の存在意義について、非常に多方面から検証する。特に、兵士と恋人の関係から見た靖国はやりきれない。靖国を通して、太平洋戦争そのものを問う、重いテーマの本書。とても平常心では読めない。
▲ 上下分冊。許す許されるという関係が、ダイレクトなテーマとなっている。物語は悲劇の連続であり、読み進むのが辛いくらいだ。余命数ヶ月の宣告を受けた、肺癌に犯された主人公の、最期の生き様は壮絶でもある。本書で描かれる、生命の輝きをもってして、宇宙的な広がりすら感じさせる。北海道を舞台に、許しを乞う人間達が、暖かく包み込む様に描かれ、著者の感性の温かさが光る作品だ。
▲ 物語は多分にファンタジックだが、トキオの言動や行動には、いちいち味がある。拓実は、人間としては良い人物でも、社会人としてはダメな奴だ。トキオは、そんな拓実を変えるために現れた、ある意味、救世主の様な存在だ。当然、未来は変えられないのなら、産む事になり、そして、、、。拓実は、トキオと巡り会えて、本当に幸せ者だ。それから、麗子とも。結果は悲劇的であるが、ある意味、この難病を、親子で克服したとも言える。
▲ 幼馴染みの、二人の男性の生き様が描かれる。 そこには、前途洋々とした面は皆無で、人生の黄昏の中で、藻掻いているという印象だ。ある程度の年齢になると、誰もが一つ、また一つと、心身の衰えを自覚してゆく。衰えは心身のみならず、自身の人生の展望にも、閉塞感という形でのしかかってくる。人間の最大の仕事は、就職でも結婚でもなく、生きる事そのもの、だと私は思う。本書は、生きる事の意味そのものを問う。
▲ あまり使われなくなったが、関西では、育ちの良い方の事を「ええし」と呼ぶ。本作品は、関西のええしの姉妹が繰り広げる、比較的平坦な長編物語だ。文体が非常に美しい。著者の求めた美は、三島や川端らのそれとは、似ている部分と、全く異なる部分がある。著者の美は、よりリアリズムが支配する世界の中で、日本的な美しさを尊んでいる。何度読んでも、文学の香りに浸る事が出来る、不動の名作だ。
▲ 著者は手記で「私は文学という手段を選んだが、美を表現する事が出来るなら、他の手段でも良かった」と述べているが、ここで表現される「美」は、最高の文学的輝きを放つ。金閣寺の美しさと、人間の内面の果てしない広がりの対比。そして、金閣寺に対する美意識の質は、陽炎の様に揺れ動く。そして、炎上する金閣寺の美は、筆舌に尽くしがたいものであった。そこに至る過程を含めて、すべてが「美」だ。
▲ 著者は本書執筆のための予備取材を通じて、アルツハイマー病は死に至る病だという事を知って、愕然としたらしい。人は、認知能力を失うと死ぬのだ。本書で突き付けられる診断は残酷だ。本人や家族がいかにあがいても、段々と社会的信用を失ってゆく。この事は、死ぬより辛い、拷問の様なものだ。若年性アルツハイマー病の悲劇だ。ただ、少し綺麗事に終始している感はある。
▲ 文豪、夏目漱石の作品は我々のこころの中にある。漱石の作風は、晩年になる程、人間の内面をより鋭くえぐる。「こころ」はそんな作品だ。先生の述べる内容は、当初謎めいているが、薄皮を剥がすが如く、段々と実体が明らかになる。先生と学生の微妙なやりとりに引き込まれる。そして、後半の先生の、驚くべき独白だ。先生とKの苦悩を、こんなにも大胆に描き切った。近代日本文学の超名作だ。
▲ 急死した椿山課長が、成仏する前に、姿を変えて、三日間だけ現世に戻る。あり得ない話だが、まず、死後のお役所仕事に直面する場面は、大変面白い。そして、死後の現世には、驚くべき現実が待ち受けていた。作品と共に現世に戻って、初めて知り得る事がたくさんあった。ひょっとすると、我々は気付かないだけで、似た様な人間模様を、見落としているのだろうか? コミカルなこの作品の中で、喜怒哀楽が激しく交錯する。
▲ 上下分冊。作品全体を貫く大きなテーマは「瘴気(しょうき)」だ。瘴気とは、ここでは、得体の知れない鬱屈とした気分、という意味で使われている。作品は、三人の少年の内面を深くえぐる。上巻では事件、少年院、下巻ではその後を描く。一貫している事は、少年院を出ても、三人とも事件を反省していない。こんなに苛酷な少年院を出ても、だ。つまり、瘴気が少年達の心からは消えていない。この部分に少年犯罪の一端を見る。
▲ 受け継がれるものは、世代を超える。受け継がれるものは、りかさんと呼ばれる人形を媒介とする。りかさんの不思議さが、物語に多くの示唆を与えている。受け継がれるものは、日本的な世界観と伝統のもとにある。しかし、外国人の存在と、その成り行きは、読者に客観性を与える。そして、壮絶としか言い様の無い最終場面だ。その結末により、受け継がれる。何が受け継がれるのかは、読者の解釈による。透明な文体が美しい。
▲ 数年後に、小惑星が地球に衝突し、地球が滅亡するという前提で、八篇のケースが描かれている。描かれる、それぞれのケースでは、それぞれのベクトルを持っているが、概して、正面から受け止める。混乱の中にあっても、残された例えば3年間を、精一杯生きようとするケースが多い。反面、どうせ死ぬのなら、自分の手で死にたいとか、シェルターを作るなどの、あがき方をしたりするケースもある。あなたならどうしますか?
▲ 著者の、これまでの著者の作品は、少々ドタバタとした感があって、読み進むのが楽しかった。本作品は、二組のカップルが温泉旅行をするという、単純な筋書きで、楽しいというより、読み進むのが怖い。それぞれの登場人物の、どうしようもない孤独感が、しっとりと描かれている。その描写は、精緻かつ蜻蛉の様でもある。本作品には、これまでの著者のものには、あまり見られなかった、純文学テイストさへ感じる。
▲ 上下分冊。時を忘れて、引き込まれてしまった。事件、超能力、それを調べる女性ライターという筋書き。内容は非常に重いものであるにも関わらず、著者の文体は、比較的軽妙だ。そのため、すいすいと先へ先へと、読み進みやすい。心理描写は細緻だが、内容があまり寸断される事はない。下巻では、想像もしなかった展開に驚いた。下巻の最終章「楽園」では、全体が見事な才覚でまとめられており、その匠に身震いする思いだ。
アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)
- 著:ダニエル キイス
- 原著:Daniel Keyes
- 翻訳:小尾 芙佐
早川書房
発売日:1999-10
¥ 861
通常24時間以内に発送
◇中古品最安値:¥ 1
▲ 精神発達遅滞という逆境ながらも、32歳のチャーリィは、仲間とともに、パン屋で楽しく働いている。ところが、IQを高くする実験的手術を受ける事になり、いったんは手術は成功し、IQが68から185に、急上昇した。この結果自体は喜ばしいが、チャーリィを取り囲む環境は激変する。そして、、、。アルジャーノンとは、ある実験用ラットに与えられた名前だ。あなたは、この物語を、涙無しで、読めますか?
▲ 驚く程、登場人物の感情の抑揚が押さえられ、淡々と描かれている。物語は「わたし」の目を通して語られるが、読者は途中で、背景の現実に気付く。感の良い方なら、かなり早い段階で、気付いてしまうだろうと思う。「わたし」やトミーは、既に、読者が気付いている現実を追う。そして、徐々に驚くべき事の断片をつかんでゆくが、意外な事に、登場人物の感情は、ほとんど揺れない。最終ページは、特にやりきれない。
▲ 老人とかじきまぐろとの死闘が繰り広げられるが、その臨場感に汗まで噴き出す思いだ。そして、意外かつ哀愁に満ちてはいるものの、こんな結末であっても、爽やかだ。執念とは、こういうものなのか。重要なのは、結果ではなく課程と強い想いだ。老人の闘志は、次第に友情に変化したのではなく、当初から友情だったのかも知れない。そうでなければ、老人は、この様な強い執念を維持出来ただろうか? 人生の節目節目で読み返したい。
▲ 舞台は沖縄。沖縄特有の文化が散りばめられている。主人公である記憶を無くした「僕」と、周囲の人物は、全員がより良い自分を求めてもがいている。時には壮絶で、それぞれの事情がある様だが、そこには、深く共感出来る部分が多い。作品を支配する独特な世界観は、明るいものではない。むしろ、絶望感を、これでもか、これでもかと提示してくる。若者たちが、自分自身を求めて、暗中模索、否、のたうちまわる。
▲ この差別の根は壮絶なまで深い。正義などという看板を振りかざして、解決出来る様な、生やさしいものではない。多くの人は、この問題を避けて通る。ここで描かれている行動は、微力ではあるが、大きな力になっている。表紙カバーの表は仙台の町並と広瀬川、裏はユキヒロ、ナオミ、そして、カズヤだ。読了して眺めると、この裏側の絵は、大変微笑ましい。やはり「大義名分」は御法度だ。3人の行動に拍手を送りたい。
